ネットトラブルで殺害に至る…?

「小6同級生殺害はネット書き込みトラブル」
http://www.nikkansports.com/ns/general/f-so-tp0-040602-0008.html
 犯人が小6の女児ということで、大々的に取り上げられているこの殺害事件。インターネットというキーワードが出てきました。これで「ネット社会が生み出す闇」とか、またいつもの書かれ方でもされるんでしょうかね。しかし言うまでも無く、インターネット関連で考えるべき事はなぜネット上でのトラブルがこうした事態に繋がったのかという範囲に限定すべきであって、カッターナイフでいきなり切り付け殺傷した、という行為については基本的にはネットとは切り離して考えるべきでしょう。
 トラブルについてはまだ詳細が明らかに成っていないので、この件そのものの細かい分析は避けます。が、ネット世界はトラブルを起こしやすい事は周知の通りであることと、子どもの仲というのは、自分の子ども時代を思い出してみると、硬い友人仲というのはそんなに多くは無く、従属を強制される関係とか、無視関係とか、そういった関係が色々あり、表面的には友達の間柄に見えても内実はそうでないことはいくらでもあったりします。そして、ネット上のトラブルというのは多くは他人を巻き込むもので、誰が悪い云々の話になったときに、第三者に散々と自分の正当性と相手の過失を訴えかけてしまう傾向があります。そしてどちらか片方、あるいは両方ともがコミュニティから締め出されたりするわけで、その恥とか悔しさもあって、相手への強い憎悪感情が生まれてしまうわけですね。
 カッターナイフで首を切って殺傷という件はどうにもメディアの強い影響を感じます。ドラマ、漫画、小説、ゲーム……憎悪が人を殺人に駆り立てる筋立ての作品に、この女児は多く触れていたのではないでしょうか? 前も似たような事を書きましたが、「憎らしい」から「カッターナイフで首を切って殺す」へ思考が移ること自体本来おかしいのであって、その移行を正当化するある意識の働きが背後にあったわけで、メディアからディテールも含めて吸収した以外にはありえないわけです。
 そういう作品があること自体に問題があるなんてことは言いません。が、少年少女たちが普段目にするメディアにそういう作品が割とあることは問題だと思っています。そうした作品の作者たちには慎重を期してもらいたいし、子どもの親には、子どもが目にするメディアをしっかり見張っていなくてはいけないのだ、やはりそう思います。
 とかとか文章を書いている間に、次々「ネットのトラブルが…」の表題でニュースが踊りまわっていますね。そちらばかりに目を取られると本質が見えなくなるのになあ・・・。